伊藤 弦太 (イトウ ゲンタ)
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私は岩坪威教授(東京大学薬学部、当時)の研究室で、主要な神経変性疾患であるパーキンソン病の病態生化学から研究をスタートし、Dario Alessi教授(英国スコットランドDundee大学)、富田泰輔教授(東京大学薬学部)の研究室を経て、楯直子教授(帝京大学薬学部)の研究室に異動した現在でも、パーキンソン病やアルツハイマー病に関連するタンパク質の機能や性状の解析から発症メカニズムを明らかにするべく研究を進めています。
特に、大学院生の頃から現在に至るまで、leucine-rich repeat kinase 2(LRRK2)というキナーゼに注目して研究を行ってきました(Ito et al., Biochemistry, 2006; Kamikawaji et al., Biochemistry, 2009; Ito and Iwatsubo, Biochem J, 2012; Kamikawaji et al., Biochemistry, 2013; Ito et al., PLOS One, 2014)。LRRK2は2004年に家族性パーキンソン病の原因遺伝子として同定されたものですが、遺伝子変異のある家族性パーキンソン病だけでなく、孤発性パーキンソン病のゲノムワイド関連解析でも発症リスクとの関連が示されているため、パーキンソン病の発症に重要な役割を果たすことが強く示唆されている分子です。
私は、LRRK2が小胞輸送関連の低分子量Gタンパク質であるRabタンパク質をリン酸化することを明らかにしてきましたが(Steger et al., eLife, 2016; Ito et al., Biochem J, 2016; Fan et al., Biochem J, 2018)、Rabの機能制御におけるリン酸化の意義や、それがパーキンソン病の発症において果たす役割は明らかになっていません。現在は、LRRK2の生理的機能や(Araki et al., Hum Mol Genet, 2021)、パーキンソン病においてLRRK2の異常活性化が生じるメカニズム(Eguchi et al., PNAS, 2018; Ito-Nagai et al., JBC, 2022)、それによって生じるRabタンパク質のリン酸化の異常が神経変性をひき起こすメカニズムを解明するべく研究を進めています(Ito K et al., FASEB J, 2023; Ito G et al., BBRC, 2023; Ito G et al., BBRC, 2024)。
また、帝京大学に移ってからは、研究室の主な研究テーマであるアミノ酸D-体異性化が神経変性疾患の発症にもたらす影響を明らかにするべく、生化学、物理化学的手法を用いた研究にも着手しました。タンパク質中のアミノ酸D-体異性化は、アスパラギン酸などにおいて生体内で非酵素的に生じる現象であり、加齢とともに増加します。そのため、アルツハイマー病の脳で異常線維化して蓄積するアミロイドβやタウタンパク質の線維化のきっかけとなる可能性があります(Murata T et al., BBRC, 2023)。
タンパク質のアミノ酸D-体異性化は細菌の細胞壁合成において普遍的に見られますが、高等生物においてそもそもどの程度生じるのか、その生物学的な役割や疾患発症における意義などは全く分かっていません。ごく最近、哺乳類において初めてD-アスパラギン酸含有ペプチドを分解するD-アスパラギン酸エンドペプチダーゼ(DAEP)の同定に成功しました(Ito and Utsunomiya-Tate, JBC, 2025)。今後は、このDAEPの基質探索などを通じ、哺乳類におけるタンパク質のアスパラギン酸D-体異性化の生物学的な役割や、加齢関連疾患の発症における役割を解析していきます。