本間 光一 (ホンマ コウイチ)
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鳥類の脳は、哺乳類と同様に大きな大脳を備え、成鳥であれば柔軟性を発揮できることがわかっていました。また、ヒヨコを利用すればヒトを凌ぐ視覚能力を利用した学習を、孵化直後から研究室の中でさせることができることを私たちは知っていました。2012年には、「刷り込み」という親鳥を記憶する学習を測定できる実験系を利用して、甲状腺ホルモンが刷り込みに必要であること、そして刷り込み能力を失ったヒヨコに甲状腺ホルモンを注射すると、刷り込み学習ができるようになることを示しました(Nature Communications 3, 1081(2012))。
そこで私たちは、ヒヨコの認知的柔軟性を測定できる実験系を独自に開発して、孵化後間もないヒヨコに認知的柔軟性が備わっているか否かを調べることにしました。そして、もしヒヨコに認知的柔軟性が備わっているならば、刷り込みで重要な役割を果たしている甲状腺ホルモンが柔軟性にも関わっているのではないかと考えました。
するとヒヨコは、薬剤を使って甲状腺ホルモンの合成を抑えると柔軟性は失われ、逆に脳にホルモンを注射すると柔軟性が高まることがわかりました。このような課題転換と反転学習の組合わせを考えうる限りすべて行い、また転換しない条件や反転させない学習では柔軟性は見られないということも確認しました。さらに、鳥類の前頭連合野といわれる脳領域を組織破壊すると、学習する能力はあっても柔軟性は失われることがわかりました(Science Advances 10, eadr5113 (2024))。
鳥の認知的柔軟性が孵化後間もないヒヨコで示され、甲状腺ホルモンが重要な役割を果たしていることがわかりました。老化した脳は柔軟性を失います。しかし、環境変化への適応力を獲得することによって認知能力の退化は補われます。甲状腺ホルモンが、老化した脳の柔軟性の回復に寄与するのではないかと大きな期待を抱かせる研究成果と考えています。